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「ケルト」とは? [学問]

アイルランド、なので「ケルト」の話は書くべきかな。

ここでの話はあくまでアカデミックにおける「ケルト」であり、もっと細かく言えば歴史学、さらにあまり情勢を知らない人間である私であるから、もっと細かく分類すべきであるならば、アイルランド中世史における「ケルト」の話となる。

ここまで「ケルト」という言葉にはすべてカッコをつけてきたが、これが中世史におけるこの言葉の扱いを示している。つまり、この言葉には微妙な意味合いが含まれており、一般名詞としては扱えない、ということである。端的に結論を言ってしまえば、「ケルト」という言葉が学問として成り立つのは、言語学に於いてだけである。ケルト語派、つまりスコットランド語・アイルランド語とウェールズ語・ブルトン語の二派に分けられる、インド・ヨーロッパ語族のうちの一つのカテゴリー、としてである。(言語学を学んでいるわけではないので、細かい単語の使い方が間違っている可能性があります。ごめんなさい)

もう一つ、この「ケルト」が学問上使われる場合がある。それはいわゆる「ケルティック・リバイバル」に関する問題である。この辺も実はかなり不勉強でよく分かっていないのだが、近代、アイルランドの独立運動が高まるにつれて、アイルランド土着の文化、言語を守っていこう、という、ある種のナショナリズム運動が盛り上がった。この動きを扱う場合である。アイルランド語の普及に取り組むゲーリック・リーグが創設されたのも、この運動の一部である。

ケルティック・リバイバルについてはこれを参照。

ケルト復興

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 中央大学出版部
  • 発売日: 2001/04
  • メディア: 単行本




今、いわゆるちまたで言われている「ケルト」的なものは、ほとんどすべてこの時に再創造されたものである。つまり、少なくとも中世初期に於いては、「ケルト」的なものは、無かったと言える。それは、近代における「想像」の産物なのだから。

アイルランド人は「ケルト」人か、これもケルティック・リバイバル以降の概念と言えよう。少なくとも中世に使われていた古い形のアイルランド語には、「ケルト人」という語はない。彼らは自分たちのことを「アイルランドの民=アイルランド人」と呼んでいたのであって、「ケルト人」と呼称したことはないのである。「ケルト人」という言葉を使ったのは、古代ギリシャ人であり、彼らにとってのバルバロイの一種族を表したに過ぎない。

それ故に、歴史学では軽々しく「ケルト」という言葉は使わないし、敢えて使う必要があればカッコ付きにするか、言語学の言葉としてのみ使う。中世初期に関しては、すべて「アイルランド」という言葉を使用する。研究対象の時代の人間自身が、自らのことを「アイルランド人」と呼んでいるのであれば、それは現在の「アイルランド共和国」と同じ地域を完全に表しているのではないが、それでも彼らが使用せず、おそらくは認識すらしていなかった「ケルト」という言葉を使った時点で、それは学問としての歴史学ではなくなり、トンデモ歴史学になってしまうのである。

トンデモなんだが、日本でもアイルランドでも何年も平積みされている、すごい本。読み終わった瞬間投げ捨ててしまったが・・・。

聖者と学僧の島―文明の灯を守ったアイルランド

聖者と学僧の島―文明の灯を守ったアイルランド

  • 作者: トマス カヒル
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 単行本




現在「ケルト」という言葉にはいろいろな意味が付与されており、またそれがそれぞれの人によって千差万別である、ということである。それでも何となく理解できるものもある。「ケルト音楽」と言われるとなんとなーく、エンヤとかダニーボーイとかが浮かぶ。でも「ケルト模様」という言葉の意味は分からないし、「ケルトの自然観」とか、なんだかよく分からない。これは、アカデミックの場合ではないので、まったくかまわないのだが。ともかくかなり曖昧模糊とした言葉であることは確かだ。

ただ問題は、イングランド中心史観に毒され、今でもそこから抜け出せないでいる歴史学に於いて、イングランド以外のブリテン島嶼部を言い表す「ケルティック・フリンジ」(スコットランド、ウェールズ、アイルランド、ブルターニュ)に変わる表現がない、ということである。「ケルト語を話すイングランド周辺地域・国」だと、あまりにも説明的すぎる。というか、「イングランド周辺地域」と言っている時点で、イングランド中心史観ではないか!

いつの日か、「ブリテン島嶼部学会」というのが出来るといいな、という夢で以て、終了。


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