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Irish Times より [雑記(徒然なるままに)]

お昼ご飯食べながらの流し読みなので、正確ではないが、気になる記事2点。

1,今年の冬の長期予想。
イギリスの「気象庁」か、「気象予報士」の予報によると、異常な寒さになる、ということらしいが、アイルランドの「気象庁」的にはちょっと意見が異なるようで。ヨーロッパ「中央気象庁(?)」は今年の冬は比較的寒くない、という予報らしいのだ。長期予報は大西洋の北西部の海面温度だか、まあよく分からないんだけどそういうものなどを使って予報するそうで、まあ、記事のオチとしては、長期予報はむずかしっ! ってことですな。どっちに転ぶかは実地で体験します。今週末、木曜から土曜にかけて、very,very cold ってことには変わりがないようだし。ひょっとしたら雪、ってやっぱり書いてあるし。あ、高いところで、とも書いてあったか。アイルランドの高地って(くすっ)。明日は本格的な冬のコートを出して、耐えられるかどうか試してみる。寒さ対策は、上着だけではない、ということが身にしみて分かった今日この頃。

2,「保守主義」の新教皇勅書(?)
ベネティクトゥス、えーと、何世だったっけ? 16? まあいいや。ともかく彼が、「イタリアで最もラディカル(急進的なのか合理的なのかよく分からないが)な」アッシジに対して、自治権を縮めるようにいってきたそうな。アッシジの修道士達は三つの権威に従うこと、一、地元の管轄の司教、二,ヴァティカンの枢機卿一人、三,イタリアの司教の団体(正式名称分かりません)。現代の修道会ってどうなってるのか分からないのだが、今でも教皇直属で、司教の管理は受けない、ってかたちなのかしら? もしそうだとしたらすごいこと言ってるな。でも、不勉強にしてこのような命令が出たのが「保守的な」教皇、という言説がよく分からない。だいたい新聞ちゃんと読めてるのか微妙だし。というわけで、解説請い願う、ぽん吉ちゃん。


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ぽん吉

やっほー。もぐ太郎が博士課程を修了したわ。満点+刊行という得点だったらしく、本人は大満足!この調子でせっせと出世して、私を一生文書館に通わせてほしい。さて、上記の件。長いが、La reppublica紙の記事を和訳したのでごろうじろ。
「誠心な集団の精神においてアッシジの司教、州の司教会議、国の司教会議へ協力することを望む」これらの言葉とともに、教皇ベネディクト16世はS.FrancescoとS.Maria degli Angeliの聖堂の修道士たちを、教皇によって、そしてCEIによって地域の司教の直接の司教管轄のもとにおいた。疑いなく、驚くべき行動であり、彼が教皇になっていらい、ラッツィンガーによる規範、組織的側面における最初の決定の1つである。

この措置は昨日ベネディクト16世によって署名された"Motu Proprio”という文書に含まれる。そして同日、新しいアッシジの司教ソッレンティーノが指名された。司教はたった2年前に、CULT DIVINOのためのCongregazioneの書記官なった。この決定も大変驚くべきであり、あまりにも反―伝統主義であると判断された司教のローマ教皇庁からの“放逐”のようにもとれる。

ラッツィンガーはこの行動によって、実質的にアッシジの修道士から1969年8月8日に発布されたもう1つの"motu proprioによってパオロ6世によって彼らに認められた司牧活動の自立性を奪った。実際に、最近の30年間の活動において、S.FrancesoとS.M.Angeli(S.Francescoが死んだ場所がある)は世界中にある理想的なフランチェスコ会修道士の普及のための積極的な長期間にわたる奉仕に無関係ではない活動の自立性を享受してきた。

善きことのために利用されていたにもかかわらず、自律性はしばしばアッシジ司教、明らかに、近年司教sergio gorettiとと調和しない場合もあった。昨日、教皇によって取られた措置を聞いてsergio gorettiが喜んだことは偶然ではないのである。

しかし、教皇庁の独裁は直接の関係者、すなわちフランチェスコ会修道士を落胆させてはいないようだ。修道院のcustode、vincenzo coliは新しい司教を暖かく迎える声明を出した。そして、アッシジの司教sorrentinoによって
発せられた最初の言葉に対し、「彼のメッセージにおいて我々はアッシジのフランチェスコ修道士の価値に対する明白な認識を見出すことができて幸せであり、このことは我々にとって喜びと希望の理由である」と述べた。

しかし、修道院会からはPadri francescani、conventuali(コンヴェントゥアーレ修道士) と minori (すなわち、フランチェスコに結びつく3つの団体)へ司牧活動に対するアッシジ司教の許可が必要であるという教皇の固い要請に対してはいかなるコメントもなされていない。しかし、あるフランチェスコ会修道士は控えめにながらも以下のことを我々に述べている。
「我々は習慣として常に我々の行動に対して司教への許可を求めている。既に教皇によってこの慣習が形式化されたということが新しい事といえる。しかし、決定的には何も変わらず、我々は創設者フランチェスコの教えに従って、平和の文化を普及するべく前進するのみである」。

他の宗教団体はこのように確信的ではない。たとえば、パレルモのレデンプトール修道会Nino Fasulloは、「このような教皇の行動によって、教会に生まれた宗教的共同体において伝統的に宿っていた自由の感情を侵害されるのではないか」と恐れている。「我々の創立者S.Alfonso Maria de Liguoriが示したように、信仰の探求と福音の実行は健全な自立性と落ち着いた探求なしにはなされない」とも述べた。
きっと、教皇の認可の元、元来ある程度の自律性は認められてるのでは。なんとなく、政治的闘争のにおいがプンプンだね。もしかしたら、アッシジは別の人間を支持していたのかも。いや、16世後をにらんでいるのかね。
by ぽん吉 (2005-11-24 12:39) 

kimuko

わざわざ労作、ありがとう! アッシジ側からは表面上は落ち着いた反応が得られているんだね。Irish Timesにも政治闘争云々については簡単に書かれていたよ。イタリアの政治状況がイマイチよく分からないので理解できなかったけど、中道左派(?)的には喜ばしいこと、と書いてあったような気がする。
なんか「修道会が地元司教の傘下に」って言うのが、中世初期のまだ教会組織が確立してなかったころのごたごたに見えて、ナンダカナーという気持ちになっていたのよね。アッシジは、経済的にもうまみが多そうだしね。とりあえず観光客や巡礼は毎年すごいのだろうし。どうもありがとうございました。
もぐら君の博論、刊行かぁ。優秀な学生さんなんだね。今度お会いしたら「ドットーレ」とお呼びしないと。ところで、日本に留学する話はどうなったのでしょうか? ともかく、長距離ですが(私の方が近いところにいるのよねぇ)労をねぎらってあげてください。おめでとうございます。
by kimuko (2005-11-24 19:00) 

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